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大阪高等裁判所 平成7年(う)302号 判決

本店所在地

兵庫県尼崎市東難破町五丁目一七番二三号

株式会社 大産建設

右代表者代表取締役

山下正一

国籍

韓国

住居

兵庫県西宮市甲子園三番町三番二六号

会社役員

山下正一こと 金基徳

一九三七年七月一五日生

本籍

東京都墨田区八広四丁目二九番地

住居

大阪府豊中市服部南町三丁目二番一号葵マンションC―三

会社員

江藤武次

昭和一七年九月一三日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成七年二月二日神戸地方裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり判決する。

検察官 秋本讓二 出席

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人株式会社大産建設及び同金基徳の弁護人後藤貞人、同華学昭博共同作成の控訴趣意書、「正誤表」と題する書面、控訴趣意補充書、被告人江藤武次の弁護人清水正憲作成の控訴趣意書、控訴趣意補充書及び右弁護人三名共同作成の「意見書」と題する書面記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官秋本讓二作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

そこで、所論(弁論を含む。)にかんがみ、記録を調査し、当審における事実調べの結果を併せて検討した上、各論旨について、次のとおり判断する。

一  各控訴趣意中、原判決が外注工事費の計上可能額七二一八万四〇五四円を否定したことについての理由不備ないし事実誤認の主張について

論旨は、査察官調査書(原審検一〇号証)にいう被告人会社の平成元年六月期における丸磯建設に対する外注工事費の計上可能額八三六六万〇六二六円から公表処理済みの同社に対する外注工事費一一四七万六五七二円を控除した残額七二一八万四〇五四円は、平成元年六月期及び同二年六月期の各ほ脱所得金額から控除すべきであるのに、これを否定した原判決には、理由不備ないし判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というものである。

しかし、原判決が右七二一八万四〇五四円を平成元年六月期及び同二年六月期の各ほ脱所得金額から控除すべきでないとしたことは相当であり、当審における事実調べの結果によっても、右の判断は動かない。

所論は、(一)原判決は、前記外注工事費計上可能額八三六六万〇六二六円は、「河本建設に対する外注工事費として計上した一億三二二二万六八一六円が架空であることを明らかにする過程で、丸磯建設に対するそれとしても実存することがあり得ないことを明らかにするために、・・・算出された数字に過ぎない」として、これが認容される余地は皆無である、というが、被告人らは、河本建設に対する外注工事費一億三二二二万六八一六円が架空であることを争っているのではなく、これを仮に丸磯建設に対する外注工事費として計上していたとすれば、そのうち八三六六万〇六二六円は税法上も適法なものとして認められたはずだと主張しているのであり、査察官調査書(原審検一〇号証)は、丸磯建設に割り当てられた工区の出来高一億四三七〇万三〇〇〇円から昭和六二年六月期及び同六三年六月期に外注工事費として計上済みの六〇〇四万二三七四円を差し引いた八三六六万〇六二六円は、平成元年六月期において丸磯建設に対する外注工事費として計上することが可能であることを明言しているのであるから、原判決のいうように「丸磯建設に対するそれ(外注工事費)としてもあり得ない」などとはいえないのに、原判決は、的確な根拠及び理由を示すことなく理解不可能な表現で右計上可能額を否定したものであり、この点、原判決には理由不備ないし判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり、また、(二)原判決は、右計上可能性を否定する前提として、本件ジョイントベンチャー(以下「JV」という。)工事が平成元年五月ころ完成した旨認定したが、右工事は同年八月末日まで継続していたものであるから、前提事実についても事実を誤認したものである、というものである。

しかし、(一)関係証拠(査察官調査書〔原審議一〇号証〕、河本光憲〔同二一号証〕、加藤政暢〔同二二号証〕、伊藤匡〔同二三号証〕及び被告人江藤〔同五六号証〕の各検察官調査書等)によれば、〈1〉被告人会社、河本建設及び丸磯建設三社の共同企業体(以下「三社JV」という。)が伊敷ニュータウン建設共同企業体「以下「元請JV」という。)から請け負った本件JV工事は、当初予定されていた共同施工ではなく、区割された工区を各社が独自に施工する工区割施工となったこと、〈2〉さらに、丸磯建設が施工する予定の工区(以下「丸磯工区」という。)については、丸磯建設は施工せず、被告人会社が施工して、その代わりに丸磯建設は、被告人会社から丸磯建設分の請負金額(三社JVの総請負金額に丸磯建設の出資割合を乗じた金額)の一定割合の金額を手数料として取得し、月々の精算は、被告人会社が元請けJVから丸磯工区分として受領した工事代金を丸磯建設に送金し、丸磯建設は、それから手数料分を差し引いた金額を出資金として被告人会社に送金して行うものとしたこと、〈3〉三社JVの工事代金の入金口座は被告人会社の口座を使用し、被告人会社は、三社分の工事出来高を「完成工事高」として自社の収入に計上し、他の二社への支払いを「外注工事費」として自社の経費に計上していたこと、〈4〉被告人会社は、昭和六二年六月期において、丸磯工区の出来高分として丸磯建設に送金した四〇四〇万〇三七四円とこれに対応する出資金として丸磯建設から送金を受けた三七二〇万三三二四円の経理処理について、外注工事費として四〇四〇万〇三七四円を計上し、雑収入として三七二〇万三三二四円を計上すべきであるのに、そのような両建処理をせず、右各金額の差額である三一九万七〇五〇円を配当充当費用として計上したこと、〈5〉被告人会社は、昭和六三年六月期においても、丸磯工区分の関係で、出資金収入を計上せず、外注工事費として一九六四万二〇〇〇円を計上したこと、〈6〉被告人会社及び丸磯建設の各工区は平成元年四月に、河本建設の工区は同年五月にほぼ完成したことから、平成元年五月二〇日付で元請けJVの指導のもとに三社JVの出来高精算を行い、丸磯工区についての最終精算出来高は、一億四三七〇万三〇〇〇円になったこと、〈7〉平成元年五月一九日、被告人会社は、丸磯建設に対し、被告人会社が一一四七万六五七二円を支払うことで本件JV工事の最終精算としたい旨申し入れたが、丸磯建設がさらに一〇〇〇万円の上積みを要求して決着せず、以後も交渉が続いたため、平成元年六月期においても外注工事費と出資金収入等の費用・収益の両建処理をせずに、見積経費として外注工事費一一四七万六五七二円を計上したこと、〈8〉被告人会社と丸磯建設との最終精算は、平成二年七月、被告人会社が丸磯建設に対して、昭和六二年六月期に配当充当費用として計上した三一九万七〇五〇円以外に一四〇四万七三一〇円(合計額一七二四万四三六〇円は、丸磯工区の最終精算出来高である一億四三七〇万三〇〇〇円に手数料分割合の一二パーセントを乗じた金額)を支払うことで解決し、被告人会社は、丸磯建設に対し、平成二年九月、端数七三一〇円を値引きして一四〇四万円を送金したことの各事実が認められるところ、査察官調査書(原審検一〇号証)によれば、国税査察官は、以上の事実関係を前提とした上で、経費としての外注工事費とこれに対応する収入として出資金を両建処理した場合には、丸磯工区の最終精算出来高一億四三七〇万三〇〇〇円から、昭和六二年六月期に外注工事費として計上できる四〇四〇万〇三七四円と昭和六三年六月期に外注工事費として計上している一九六四万二〇〇〇円の合計六〇〇四万二三七四円を差し引いた八三六六万〇六二六円が計上可能額となると試算したものと認められ、敷えんすれば、右「計上可能額」というのは、費用収益対応の原則に基づき、丸磯建設からの出資金を雑収入として計上した場合に初めて外注工事費として計上することができる金額を意味しているのであるから、そのような両建処理を行っていない被告人会社の経理処理においては、右「計上可能額」の外注工事費を経費として計上することが認められないのは当然であるといわなければならない。原判決六丁表〈6〉の説示中、「丸磯建設に対すそれとしても実存することがあり得ない」との点は、費用と収益を両建処理していない被告人会社の経理処理を前提とする限り認められない、という意味では正しいのであるが、そのような限定をしていない点で不適切な表現であり、また、同丁裏の「前々年度(昭和六二年度)三一九万七〇五〇円及び前年度(昭和六三年度)四〇四〇万〇三七四円の被告人会社の公表経理処理上の外注工事費を控除した残額と大きく異なることを示すために算出された」との点は、前々年度(昭和六二年度)三一九万七〇五〇円は外注工事費ではなく配当充当費用の誤りであり、前年度(昭和六三年度)四〇四〇万〇三七四円は二二八三万九〇五〇円(同年度に外注工事費として計上した一九六四万二〇〇〇円に前年度と重複して計上した三一九万七〇五〇円の合計額)の誤りであり、かつ、右説示部分の意味は判然としないが、原判決が、丸磯建設に対する「外注工事費計上可能額」八三六六万〇六二六円が認容される余地は皆無であるとし、証拠の標目欄のその余の説示部分とを総合して、右金額から公表処理済みの外注工事費一一四七万六五七二円を差し引いた七二一八万四〇五四円を平成元年六月期及び同二年六月期の各ほ脱所得金額から控除すべきでないとしたことは、正当として是認することができる。

なお、所論は、被告人会社は、平成三年六月期に、右七二一八万四〇五四円を超える金額を売上に計上しており、この益金の計上時期が問題になりうるとしても、前記外注工事費七二一八万四〇五四円が平成元年六月期及び同二年六月期において経費として計上しうるものであることは明らかである旨主張し、被告人江藤は、当審第四回公判において、未払金として計上していた右金額を超える一億三二〇〇万円余を平成三年六月期に売上に計上して精算した旨供述するが、同被告人は、当審第三回公判において、右一億三二〇〇万円余は河本建設に関するものであると供述している上、そもそも右主張自体、費用収益対応の原則に反するものであって失当である(JV工事である関係からすべての精算が終了して初めてその経理処理が可能となるというのであれば、仮受金あるいは仮払金として処理すべきであり、費用のみを先に計上するなどという恣意的な経理処理は許容されない。)。

(二)次に、所論(二)については、そもそも前記「計上可能額」が外注工事費として認容できないことと本件JV工事の作業の終了時期とは格別関係がないと考えられる上、被告人江藤は、当審第四回公判において、本件JV工事は、平成元年七月ころまで続いていた旨供述しているけれども、関係証拠(前記原審検一〇、二一、五六号証)によれば、本件JV工事は同年五月には完了して、同月二〇日に元請JVとの間で最終精算出来高が確定したものと認められ、右供述部分はにわかに信用できない。当審弁一ないし五号証によれば、被告人会社の建設機械が同年九月初めころまで伊敷ニュータウンで稼働していたこと、元請JVの代表会社である三井不動産建設から被告人会社の口座に同年一一月まで振込入金があったことがそれぞれ認められるけれども、右工事が本件JV工事の一部であるのか、あるいは、本件JV工事とは別に元請JVから被告人会社が単独で受注した工事の一部であるのかは、右書証からは不明であり(被告人江藤の前記供述によっても、平成二年八月以降の工事は本件JV工事とは関係がないこととなる。)、仮に右工事が、被告人江藤の供述するとおり平成元年七月ころまでの分については本件JV工事の一部であったとしても、その工事による出来高が、平成元年五月二〇日に元請JVとの間で最終的に精算済みである本件JV工事の出来高に加算されるべき性質のものでないことは明らかである。原判決に所論のような理由不備ないし事実の誤認はない。

二  各控訴趣意中、原判決が減価償却費の計上を否定したことについての法令解釈の誤り及び事実誤認の主張について

論旨は、被告人会社の平成元年六月期の所得の算定について、固定資産台帳記載のHD四六五―二三〇八及びHD四六五―二三〇九の二台の建設機械(以下「A機械」という。)が、また、平成二年六月期の所得の算定について、同D三七五AR―一六一一八、D三五五AR―一三一五八(または一三五一八)、D三五五AR―一三〇五六、D六LP―四〇九二、九九二C―〇一六六二、D一一N―〇〇〇七二九、七七七B―〇八五一、七七七B―一一七五、七七七B―一一七六の九台の建設機械(以下「B機械」という。)が、いずれも、各期末までに、被告人会社の事業の用に供されていたとみるべきであるから、平成元年六月期については三〇四二万九〇〇〇円を、同二年六月期については二億一六六九万五二五〇円を、それぞれ減価償却費として計上することができたのに、右各機械がいずれも翌期に事業の用に供されるに至ったものであるとして、これを否定した原判決は、税法の解釈ないし減価償却費計上可能時期の認定を誤ったものであって、この点、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用の誤りないし事実の誤認があり、また、仮に、これらの減価償却費が客観的には当該各期に計上することができないものであったとしても、被告人江藤及び同金は、右各減価償却費が適法に計上できると認識していたもので、これによって脱税を行う意図はなかったのであるから、右被告人らにほ脱の故意を認めた原判決には、この点でも判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というものである。

しかし、原判決が、A機械の減価償却費の計上を平成元年六月期について、また、B機械の減価償却費の計上を同二年六月期について、それぞれ否定し、これらの点について被告人江藤及び同金にほ脱の故意を認めたのは、いずれも相当であり、当審における事実調べの結果を併せて検討しても、右の判断は変わらない。

所論は、(一)減価償却資産を事業の用に供するに至った時期については、納品時という画一的で硬直した解釈をする必然性はなく、建設業におけるように、かなり多額の工事代金を工事開始前に計上あるいは受領することがあり、しかも、その工事代金を定めるに当たって、どの程度の機械が用いられるのかまで考慮されるような場合には、右償却資産は、現実に稼働する以前から、その売上に寄与していたのであるから、これを「事業の用に供した」と評価してもよく、かえって、その方が、費用と収益とを対応させるという会計学の考え方に適合するといえるのであって、建設機械が、その売買契約が締結された上いつでも引渡しを受けられる状態にある時には、事業の用に供したものと解すべきであるところ、本件各機械については、各期の計上売上にこれらの機械を使用することを前提とした工事の代金が含まれており、売買契約が締結されて機械も具体的に特定され、シリアルナンバーまで決まり、いつでも引渡しを受けられる状態にあったもので、引渡しが遅れたのは、被告人会社の注文で補強作業が行われていたためであるから、各期末までに事業の用に供されていたもの、すなわち、減価償却費を計上することができる状態にあったものというべきであり、(二)〈1〉被告人江藤及び同金が本件各減価償却費の計上が認められないと認識していたのであれば、本件各機械の補強作業等を後回しにして当期中に引渡しを受けたはずであるのに、そのようにはしていないこと、被告人会社は、平成元年六月期には七七一四万四四一八円を、同二年六月期には六三八七万三〇八八円を本件各機械以外の「前払費用」として損金として計上することができたのであるから、右被告人らが脱税の手段として本件各減価償却費を計上しなければならない必要性はなかったこと等に照らせば、右被告人らには本件各減価償却費の計上の点では法人税をほ脱する故意がなかったものであり、また、〈2〉平成元年六月期の確定申告書の「特別償却の付表(一)」には、A機械の「取得年月日」及び「事業の用に供した年月日」とも平成元年七月一日と記載され、尼崎税務署の調査で、この減価償却は納入日に照らして問題があるとされながら、この点の修正申告が行われず、右の経理処理が税務当局に承認されたかたちになったのであって、これらからすると、右被告人らには、少なくとも、平成二年六月期のB機械については、その減価償却費の計上が脱税にあたるとの認識はなかったものである、というのである。

しかし、(一)法人税法施行令一三条によると、減価償却の対象となる固定資産は、事業の用に供されていることが要件とされているところ、たとえば、本件のように減価償却資産となるべき機械類を購入するような場合は、それが事業の用に供されるに至ったというためには、少なくとも、その引渡しを受けたことが必要であるというべきである。本件各機械は、それぞれ翌期に被告人会社に引き渡されたものであることが証拠上明らかであり、本件各期においては減価償却の対象とならない。

(二)次に、法人税ほ脱犯の故意としては、真実の所得金額より過少の所得申告をすることの認識で足り、所得を形成する個々の損益について個別的にほ脱の認識を有することは不要であると解するのが相当であるところ、被告人江藤及び同金が、本件各期において、右のような概括的認識を有していたことは、証拠上明らかであるから、所論(二)は、この点ですでに失当である上、関係証拠(査察官調査書〔原審検一二号証〕、目崎元司〔同三一号証〕、東親叙〔同三二号証〕、被告人江藤の平成五年六月一四日付〔同五二号証〕及び同月二〇日付〔同五三号証〕、被告人金の同月一七日付〔同四三号証〕の各検察官調書等)によれば、被告人金、同江藤とも、各自の仕事上、本件各機械の引渡しを受けた時期を知っており、かつ、それらがいずれも各申告期において減価償却資産とならないことを知っていながら、所得金額を減らすため各機械の減価償却費を繰上計上していたことが明らかである。

また、右関係証拠によれば、本件各機械は、被告人会社からの要請で使用上必要な一定部分の補強をメーカー側で行なった後に納品されることになっており、被告人会社が右各機械を工事に使用するには、補強後のものの引渡しを受けることが必要であったと認められ、補強作業を後回しにして右各機械の引渡しを受けることは、被告人江藤及び同金において、全く考えていなかったとみるべきである。次に、被告人江藤が、本件各期の確定申告をする際に、弁護人らが主張するように、被告人会社が購入した重機の割賦手数料を前払費用として損金処理できると認識しており、客観的にも各期に計上できる金額が明確になっていたとすれば、同被告人は、当然、経費として計上したはずであるが、当審における被告人江藤の公判供述によれば、同被告人は、平成元年六月期及び同二年六月期について、そのような経理処理を全くしておらず、尼崎税務署との協議で平成三年六月期からそのような経理処理がされるようになったものと認められることからすると、同被告人において、本件各期の確定申告をする際に右のように認識していたとは考えられず(これに反する被告人江藤の当審公判供述は信用できない。)、被告人らが脱税の手段として本件各減価償却費を計上する必要性がなかったとはいえない。また、被告人江藤の平成五年六月二〇日付検察官調書(原審検五三号証)及び当審公判供述によれば、同被告人は、平成元年八月三一日、同年六月期の確定申告書を尼崎税務署に提出する際、特別償却の付表(一)を提出することを失念し、確定申告書提出後一週間ほどして同税務署から右付表が抜けている旨の連絡を受け、その日か翌日に右付表を提出したが、その際、慌てていたことから誤って、A機械について、右付表に実際にこれを取得した年月日を記載したまでのことであり、また、右付表(一)にA機械の取得時期として平成元年七月一日と記載したことに関し、尼崎税務署から、訂正申告や修正申告は求められなかったものの、問題であるとして指摘されていたのであって、同税務署が翌期に取得したA機械について減価償却を承認したものとは考えていなかったし、平成二年六月期の確定申告の際にも、翌期に取得したB機械が減価償却の対象となるとは考えていなかったものと認められる。所論はいずれも採用できない。

三  各控訴趣意中、原判決が平成二年六月期の雑損失六〇五四万〇六三六円が存在しないと認定したことについての事実誤認の主張について

論旨は、原判決は、被告人会社が平成二年六月期に計上した雑損失のうち六〇五四万〇六三六円を架空のものとして否定したが、尼崎税務署は、被告人会社が平成三年六月期についてした更正の請求に対し、同期の所得から「貸付金認容」の名目で右と全く同額の六〇五四万〇六三六円を減額することを認めており、これは、平成二年六月期の雑損失六〇五四万〇六三六円が架空のものでなかったことを税務当局が自認したことを示すものであって、右雑損失が架空のものであったと認定するについて、合理的な疑いを差しはさむ事情というべく、この点、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というものである。

しかし、原判決が平成二年六月期の雑損失六〇五四万〇六三六円が存在しないと認定したのは相当であり、当審における事実調べの結果によっても、右の判断は影響されない。すなわち、被告人江藤の平成五年六月二二日付検察官調書(原審検五四号証)その他の関係証拠によれば、同被告人は、平成二年六月期において、同期に四億円余という多額の収益が見込まれたので、利益調整のためには多額の費用科目が必要であったことなどから、昭和五七年の査察時に被告人会社の簿外資産と認定された被告人金に対する貸付金六〇五四万〇六三六円と同額の同被告人からの架空の借入金を計上して、右貸付金を実質的に消去するとともに、反対科目に同額の雑損失を計上したことが認められ、この点に関する被告人江藤の原審及び当審における各公判供述を子細に検討しても、右認定と矛盾するような事情は窺えない。そして、関係証拠(当審弁三七ないし三九、五七号証、被告人江藤の当審公判供述等)によれば、被告人会社が、昭和五七年の査察時に簿外資産と認定され、その後、収益に受け入れずに、申告書の別表五(一)で利益積立金として引き継いでいた貸付金六〇五四万〇六三六円について、平成三年九月三〇日付で尼崎税務署長に提出した平成三年六月期の確定申告書(表題は修正申告書)において、右金額を収益に計上しないまま、申告書の別表四の減算欄で貸付金認容六〇五四万〇六三六円とし、同別表五(一)で貸付金同額を減算したことにつき、同税務署長は、平成六年七月二九日付の更正通知書において、これを否定せず、平成三年六月期の所得額につき右同額分の減額を許容したことが認められるところ、同税務署長が何故右のような処理をしたのか不明であるが、いずれにしても、平成二年六月期の雑損失六〇五四万〇六三六円とは、数額が同じというだけで実質的には関連がないのであるから、尼崎税務署長の右の処理は、右雑損失が架空であるとの前記判断になんらの影響も及ぼさないというべきである。

四  各控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、被告人らに対する原判決の刑が重すぎ、特に、被告人金に対しては刑の執行を猶予するのが相当である、というものである。

しかし、記録を調査し、当審における事実調べの結果を併せて検討しても、原判決が量刑の理由として説示するところにより(ただし、「前件と同様の方法で」とある部分は除く。)、被告人会社を罰金九〇〇〇万円に、被告人金を懲役一年六月に、被告人江藤を懲役一年二月、執行猶予三年に、それぞれ処したのは相当であって、被告人会社が重加算税を含め本件ほ脱にかかる税を全額納付したこと、阪神大震災による倒壊家屋瓦礫類の撤去など被告人会社の計算で約五〇〇〇万円と積算される業務を無償でおこなったこと、被告人金において三〇〇万円を贖罪寄付したことなどの事情を考慮し、その他所論の諸点を十分検討しても、被告人らに対する原判決の量刑が不当に重いとは考えられない。

所論は、(一)減価償却費については「期ずらし」であって、ある期には所得が少なくなっても、他の期には増えるのであるから、純然たる所得の隠蔽とは異質なものであり、金額的にも、方法的にも軽微であり、悪質性も少ない。(二)本件ほ脱税額中のかなりの部分(平成元年六月期で約五六パーセント、同二年六月期で約三〇パーセント)を占める青色申告承認取消による部分については、量刑上他の部分と同様にみるべきでない、(三)平成元年六月期に否認されたA機械の減価償却費については、翌期において、否認された減価償却前の金額を期首簿価として減価償却費を計算すべきであり、そうすると、平成二年六月期の減価償却費はA機械につき一一二二万八三〇一円増加し、また、青色申告承認取消によって否認された平成元年六月期の減価償却超過額一億四二八六万〇三六〇円についても、同様の理由により五二七一万五四七二円の減価償却費を加算して計上できたこととなるから、同期の利益金額が右合計金額六三九四万三七七三円減少し、したがって、ほ脱税額も減少する、(四)被告人会社は、平成三年六月期の確定申告において、それまで未払金に計上していた三億九〇〇〇万円余を完成工事高として売上に計上したのであり、被告人江藤は、この金額を隠し通すつもりはなかった、と主張するのであるが、(一)「期ずらし」によって、収益の多い期について、多額の架空経費を計上してその期の税をほ脱した場合に、必ずしも翌期にも収益が上がって前期にした脱税の穴が埋められるわけではなく、特に収益の変動幅の大きい業界ないし時期においては、「期ずらし」による場合の方が他の方法による場合よりも一般的に租税債権侵害の程度が軽いとはいえない上、本件では、平成元年六月期に約二億円、同二年六月期に四億円余という多額の収益が見込まれたことから、本来は当該各期に計上できない減価償却費を計上するために、固定資産台帳に本件各機械の取得年月日につき虚偽の記載をし、また、B機械のうち六台については購入先に対して平成二年六月中に被告人会社に納品したかのような内容虚偽の書類の作成を依頼するなどの工作をしていることなどに照らすと、右「期ずらし」による脱税が悪質でないとはいえず、(二)青色申告制度は、申告納税制度が納税者の正確な記帳の上に成立することから、正確な記帳を奨励するために設けられたものであるところ、被告人会社は、帳簿書類に虚偽の記載をして所得を過少に申告して法人税をほ脱し、その結果、法人税法一二七条一項三号に該当するとして青色申告の承認を取り消されたものであり、その行為は、青色申告制度と根本的に相容れないものであって、脱税行為をする以上、その確定申告にあたり青色申告の承認を受けた者の税法上の特典を享受する余地はなく、ほ脱税額中右承認取消による部分を他の部分と特に別異に扱う必要はなく、(三)法人税法三一条一項によれば、損金の額に算入する減価償却費の額は、当該事業年度においてその償却費として損金経理をした金額が前提となっているところ、A機械については、平成元年六月期に否認された減価償却費を計上したことを受けて、翌期において、右減価償却後の価額を前提にした金額について償却費として損金経理をしているのであるから、平成二年六月期において、右損金経理の金額を超える金額をA機械の減価償却費として計上することはできないといわざるをえず、青色申告承認取消によって否認された平成元年六月期の減価償却超過額についても同様であり、(四)被告人会社は、平成三年七月ころから、尼崎税務署による税務調査の対象とされ、売上に受け入れるべきものは受け入れるように指導ないし勧告されていたものであるから、被告人会社が、平成三年六月期の確定申告において、それまで未払金に計上していた三億九〇〇〇万円余を完成工事高として売上に計上したからといって、被告人会社がこれを自発的にしたものであるとはにわかに考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木暢茂 裁判官 梶田英雄 裁判官 佐堅哲生)

平成七年(う)第三〇二号

控訴趣意書

被告人 江藤武次

右被告人に対する法人税法違反被告事件について、控訴の趣意は別紙のとおりである。

平成七年九月二二日

右弁護人 清水正憲

大阪高等裁判所第一刑事部 御中

目次

第一点(理由不備及び事実誤認)・・・・・・六九頁

第二点(事実誤認)・・・・・・七一頁

第三点(事実誤認)・・・・・・七六頁

第四点(刑の量定不当)

一 はじめに・・・・・・七六頁

二 「期ずらし」について・・・・・・七七頁

三 青色申告承認取消によるものについて・・・・・・七八頁

四 減価償却の再施・調整について・・・・・・八〇頁

五 その他被告人に有利な情状

1 逋脱税額全額の支払い・・・・・・八一頁

2 平成三年六月期の申告及び還付の状況・・・・・・八一頁

3 資産留保(いわゆる「溜まり」)の不存在・・・・・・八三頁

4 第一審判決後の情状・・・・・・八四頁

第一点 原判決には、外注工事費の計上可能額を否定したことについて、理由不備及び判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認がある。

一 相被告人株式会社大産建設(以下単に「被告人会社」という)の昭和六三年七月一日から平成元年六月三〇日までの事業年度(以下「平成元年六月期」のようにいう)における丸磯建設株式会社に対する外注工事費の計上可能額金八、三六六万〇、六二六円から公表処理済の同社に対する外注工事費金一、一四七万六、五七二円を控除した残額金七、二一八万四、〇五四円は、平成元年六月期及び同二年六月期の各逋脱所得金額から除外すべきである。

原判決は、この点につき、右計上可能額は「河本建設に対する外注工事費として計上した金一億三、二二二万六、八一六円が架空であることを明らかにする過程で、丸磯建設に対するそれとしても実存することがあり得ないことを明らかにするために、・・・算出された数字に過ぎない」として「この『計上可能額』が認容される余地は皆無である」と判示した(原判決六丁)。

二 しかしながら、「査察官調査書」(原審検察官証拠請求番号一〇番(以下「原審検一〇番」のようにいう)、一五頁)は、丸磯工区の出来高金一億四、三七〇万三、〇〇〇円から、昭和六二年六月期及び同六三年六月期に外注工事費として計上済の合計金六、〇〇〇万二、三七四円を差引いた金八、三六六万〇、六二六円は、平成元年六月期において丸磯建設に対する外注工事費として計上することが可能であることを明言している。つまり、税務の専門家である国税局収税官吏(国税査察官)が費用計上が可能だと言い切っているのである。

ところが、このことを否定する原判決が「河本建設に対する外注工事費・・・が架空であることを明らかにする過程で、丸磯建設に対するそれとしても実存することがあり得ないことを明らかにするために・・・算出された数字に過ぎない」というのは、結論だけであって、それに至る理由づけが全く不可解で、理解不可能という外ない。

被告人は、河本建設に対する外注工事費金一億三、二二二万六、八一六円が架空であること自体を争っているのではない。これを仮に丸磯建設に対する外注工事費として計上していたとすれば、そのうち金八、三六六万〇、六二六円は税法上も適法なものとして認められていたはずだと主張しているのである。そして、前記査察官調書は丸磯建設に対する外注工事費だとすれば、それが実存し得ると明示しているのである。

このように国税当局が実存し得るとするのであるから、原判決がこれを否定するのであれば、誰もが納得できる合理的な理由が示されなければならない。しかるに、原判決は何ら的確な根拠及び理由を示すことなく、しかも、到底理解不可能な表現でこれを否定している。この点において原判決は理由不備であるといわねばならない。

なお、原判決は右のように判断した前提として、本件ジョイントベンチャー工事が平成元年五月頃に完成したものと認定しているが、現実には同年八月末日まで工事が継続していた。したがって、原判決には、前提事実についても、明らかな事実誤認がある。

三 原判決の前記判断は被告人会社が決算上、河本建設に対する外注工事費として計上したこと及び、同社に対する外注工事費が全く架空のものであることに引っ張られたものと思われる。

ここでは、仮に河本建設に対する外注工事費金一億三、二二二万六、八一六円が丸磯建設に対するものとして計上されていたらどうであったろうかとの前提に立って考えるべきなのである。この前提に立てば前記「査察官調査書」が示すとおり、丸磯工区の出来高金一億四、三七〇万三、〇〇〇円から前年度である昭和六三年六月期までに計上済の外注工事費金六、〇〇〇万二、三七四円を差し引いた残高金八、三六六万〇、六二六円を平成元年六月期の外注工事費として計上することが可能なのである。

このように単に相手先を変更するだけで外注工事費の計上が可能なのであるから、被告人会社が相手先を誤って河本建設としたこと、及び同社にたいする外注工事費が全く架空であるとの一事をもって、これを逋脱金額に組入れた原判決に事実誤認があることは明らかである。

第二点 原判決には、減価償却費の計上可能時期の認定について、判決に及ぼすこと明らかな事実誤認がある。

一 原判決は、被告人会社の平成元年六月期の所得を算定するについては、

HD四六五-二三〇八

HD四六五-二三〇九の二台の建設機械について、

同二年六月期の所得を算定するについては、

D三七五AR-一六一一八

D三五五AR-一三一五八(一三五一八)

D三五五AR-一三〇五六

D六LP-四〇九二

九九二C-〇一六六二

D一一N-〇〇〇七二九

七七七B-〇八五一

七七七B-一一七五

七七七B-一一七六の九台の建設機械について、

いずれも(機械の表示は被告人会社の固定資産台帳による)、それぞれ翌期に取得して事業の用に供されたものであるとして、平成元年六月期については、金三、〇四二万九、〇〇〇円を、平成二年六月期については、金二億一、六六九万五、二五〇円を、それぞれ減価償却費として計上することを認めなかった。しかし、いずれの建設機械についても、次項以下にみるように、各決算期末までには、被告人会社にとって事業の用に供されたていたとみるべきであって、これらの減価償却費を「架空のもの」ということはできず、原判決が認定した各期の所得、ひいては各期の逋脱税額に誤りがあるというべきである。

また、仮に、客観的には、これらの建設機械が被告人会社にとって償却可能な固定資産となったのが、原判決認定の通りいずれも翌期とみるしかないとしても、少なくとも被告人においては、いずれの機械についても、それぞれ減価償却を開始した事業年度の終わりまでに、償却可能な固定資産となったものと認識していたのであって、被告人において、故意に法人税を免れたものとすることはできない。

そして、これら原判決の事実認定の誤りは、判決に影響を及ぼすこと明らかである。

二 原判決の認定の重要な基礎となったと考えられる「査察官調査書」(原審検一二番)は、いわゆる納車の時期に注目して、納車時点以前には被告人会社はこれらの資産を取得していなかった、したがって、当然、事業の用に供したこともなかったものとみており、原判決もこれによったものと考えられる。しかし、減価償却資産の取得時期あるいは事業の用に供した時期について、納車、より一般的には、納品の時以降というような画一的で硬直した考え方を採る必然性は全くない。むしろ、事業の用に供した時期とは、いつでも稼働できる状態となった時期と考えればよいのであって、それには、納品の時期をとらえるのが当面の税運用上は明確であるというに過ぎず、それ以外にはありえないなどと考える必要性は全くない。減価償却資産を事業の用に供した時期とは、結局、償却可能状態の始期であり、これは、減価償却費が企業にとって損金(費用)とされることから合理的に定められれば足りるのである。税務行政レベルでの画一的取扱いは、あるいは、やむをえないとしても、法の専門家である原裁判所までが行政庁のような画一的思考に陥ったことは残念である。

三 さて、このように考えるならば、償却開始可能時期を決定するには、その企業が益金(収益)として計上している金額の性格等も当然考慮されるべきである。

例えば、小売業のように比較的短期に商品が回転し、その売上も現金ないしそれに近い掛売りの場合には、償却資産の償却可能時期についても、現実に当該資産の占有を取得した時期、即ち納品の時期以降と解しても、それ以前の売上に当該償却資産が寄与しているとみる余地は少なく、大きな問題はないだろう。しかし、建設業のように、かなりの多額の代金を工事開始前に計上あるいは現実に受け取ることがあり、しかも、その工事の代金を定めるについては、どの程度の機械(償却資産)が用いられるのかまで考慮されているような場合には、右のような小売業の場合とは異なった考え方を採ることも可能である。即ち、この場合、償却資産は、現実に稼働する以前から、その売上において、稼働するものと見込まれているのであり、いわば現実的稼働以前に売上に寄与しているのである。これを「事業の用に供した」と評価しても何ら悖理ということはできないばかりか、かえって、費用と収益を対応させるという会計学上の考え方により適合的であるといえるのであって、課税上も、実質性・公平性の観点から望ましい処理とさえいえるのである。

もっとも、この場合でも、単に「購入の予定」という程度では、まだ不確実であり、当該期における償却を承認するためには、もう少し確実なものとなっている必要がある。たとえば、既に売買契約を締結し、納期も近い時期に定まっているとか、さらに進んで、いつでも引渡しを受け得る状態にあるといったような確実性は必要であろう。

四 このようにみてくると、本件被告人会社の減価償却費(普通、特別とも)は、何ら架空と評価されるべきものではないことが明らかである。そもそも、これら減価償却資産は、すべて、翌期(それも大部分は、七、八月)に納入されているのであって、全く存在しないものを償却したわけではない。確かに、いずれの機械も現実に被告人会社が引渡しを受けたのは、当該期ではなかったが、いずれの資産(機械)も、当該期には、すでに契約済みであったことは明らかである。しかも、自動車でいえば登録番号に相当するシリアル・ナンバーまで決まっており、いつでも引渡し可能な状態にあったもので、引渡しが遅くなったのは、主に補強作業を行っていたためであるが、この作業はいったん引渡しを受けた後に使用(事業の用に供)しながら行うことも可能というものであった(これらの事実については、当審でもさらに立証を行う予定である)。さらには、いずれの期の計上売上も、現実に、これらの機械を使用することを前提とした工事代金を含んでおり、このような観点からも、当該期において、「事業の用に供された」ものとして、減価償却を開始しても何ら不当なところはない。

これらの検討もせず、画一的に納車を受けたかどうかだけで、償却可能時期を決してしまった前記「査察官調査書」(原審検一二番)、及び安易にこれを依存してしまった原判決は、税法の解釈及び償却可能時期の認定につき、重大な誤りを犯しているといわなければならない。

五 これらの減価償却費の計上が、脱税の手段でなかったことは、被告人をとりまく当時の状況をみても明らかであり、このような状況に照らせば、少なくとも被告人には、脱税の意図はなかったものというべきである。

1 前記の通り、これらの機械は、いずれも、例えば補強作業を後回しにして、当期中に引渡しを受けることが可能であった(平成元年六月期分については、元々一日違いである)。したがって、被告人にこれが架空の減価償却費の計上になってしまうとの認識があれば、あえて、このような補強をせず、これら重機の引渡しを当期中に受ければ足りていたのである。

2 そもそも、被告人には、脱税の手段として、このような減価償却をしなければならないような必要性はない。それほどにまでして所得ひいては税額を減額しなくても、平成元年六月期には、本件の減価償却費金三、〇四二万九、〇〇〇円をはるかに超える金九、九〇四万〇、七八二円の「前払費用」(内訳は別紙「平成元年六月期割賦手数料計上可能額」の通り)が損金として処理が可能であり、平成二年六月期においても、金二、〇九〇万九、八三八円(内訳は別紙「平成二年六月期割賦手数料計上可能額」の通り)について同様の処理が可能であった。このことに照らしても、本件において(少なくとも平成元年六月期については)、脱税の手段として、架空の減価償却費を計上したと評価するのは不合理である。

3 また、平成元年六月期の確定申告書(原審検四番)の「特別償却の付表(一)」には、前記二台の建設機械の「取得等年月日」及び「事業の用に供した年月日」ともに平成元年七月一日と記載されていたし、尼崎税務署の調査でも、この減価償却は納入日に照らして問題があるとされていた(原審検五七番添付資料7の五枚目)。にもかかわらず、この点の修正申告は結局行わずにすまされてしまったのであり、このことからしても、被告人においてこのような経理処理が税務当局に承認されたものと考えるのが当然であり、少なくとも、その後に申告時期の来る平成二年六月期分について、このような減価償却が脱税の手段であるとの認識をもつことは極めて困難であり、被告人に脱税の意図があったとみることはできない。

第三点 原判決が平成二年六月期の所得及び法人税額を計算するについて、雑損失金六、〇五四万〇、六三六円が存在しないと認定したのは、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認である。

一 原判決は、「査察官調査書」(原審検一三番)等によったものであろうが、平成二年六月期の所得を計算するについて、同期において損金として処理されていた雑損失のうち六、〇五四万〇、六三六円を、架空のもので存在しないとし、それに基づいて同期の税額を計算している。

二 ところが、右雑損失と同額が、本件起訴後に行われた平成三年六月期についての更正の請求において、今度は「貸付金認容」として復活し、平成三年六月期の所得をそれだけ減額することが尼崎税務署において認容されている。

これは、平成二年六月期に架空のものとされた右金六、〇五四万〇、六三六円が結局は架空のものではなかったと税務当局も自認したことを示すものであり、原判決の平成二年六月期についての右認定は誤っているというべきで、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第四点 原判決の刑の量定は不当に重いので、破棄のうえ、より軽い量刑をされるよう求める。

一 はじめに

1 原判決は、被告人を懲役一年二月・執行猶予三年に処する量刑をした。原判決は、被告人をこのような刑に処した理由を(量刑の理由)で述べているが、被告人に関しては、「逋脱額は高額で、逋脱率は一〇〇パーセントである。『期ずらし』であっても侵害の程度は他の方法より軽微とは言えず、青色申告承認の取消による特別減価償却の否認分も行為当時当然認識できていた。」というのが主なものである。

しかし、これは、原判決が認定した逋脱額や逋脱率を表面的見ただけのことで、実態は、売上除外はないし、経費等の計上について「架空」との表現が使用されているが、それは、いわゆる「期ずらし」やジョイントベンチャー会計についての帳尻合わせといったところである。また、逋脱額には、青色申告承認取消による特別償却額の否認分やそれによる償却額未調整分も含まれていたりするのであって、これらによって、額がいわば「水膨れ」しているのである。次項以下では、「期ずらし」、「青色申告承認取消による否認分」等について述べたうえ、「その他の情状」に言及する。

2 なお、原審において、原審弁護人は修正貸借対照表の証拠開示を求めたが、結局開示されなかった。しかし、複式簿記による会計処理の原則からすると、貸借対照表なくしては、厳密な意味での所得額は確定・把握し得ないはずである。したがって、これがないままに、なされた原判決は、少なくとも被告人の情状にとって有利であるかもしれない証拠を取り調べずになされたものであり、この点でも、原判決には問題がある。

二 「期ずらし」について

原判決は、「期ずらし」が他の方法によるよりも侵害の程度が軽微であるとは必ずしもいえないとして、これを量刑上被告人にとっての有利な情状として考慮していないが、不当である。

1 原判決は、期ずらしによる「業者側の実益」に着目して、他の方法によるよりも軽微であるいとは必ずしもいえないとしたのであるが、右業者側の実益があるとしても、これは、純然たる所得隠しに比べれば、金額的にも、方法的にも軽微であるというのが原審弁護人の主張であったし、正当な指摘であると思われる。それにもかかわらず、原判決は「業者側の実益」の存在を指摘しただけで、この「実益」なるものが本来の所得隠しの場合と同視できるかなどの問題について何らの検討も説明せず、軽微とは「必ずしも」いえないとの修辞で曖昧にしたにすぎない。しかし、これでは弁護人の主張を排斥する理由を説明したことにはなっていないというべきである。

2 もともと、いわゆる「期ずらし」を行って、ある期には所得が少なくなっても、他の期には増えるのであるから、純然たる所得の隠蔽とは異質のものであることは明らかである。

3 そのうえ、仮に、原判決のいうように「期ずらし」による業者の利益が考えられるとしても、それは本来の所得隠しによる利益に比べればはるかに低いものであることは明らかであるし、この方法は、積極的に、全く架空のものを作り上げたり、存在するものを隠匿するのではなく、いわば消極的で単純な方法であって発覚しやすく(このことからも、この形態は故意というよりは、うっかりしたミス即ち過失に近いことが分かる)、方法としての悪質性も少ないことは自明である。

この点を全く無視した原判決は明白に誤っている。

三 青色申告承認取消によるものについて

原判決は、青色申告承認取消しによる減価償却資産の特別償却額の否認分も量刑上斟酌する余地はないとするが、不当である。

1 青色申告の承認が取り消されたことによって増加した税額についても逋脱犯は成立するとするのが最高裁の判例ではあるが、それはあくまで犯罪の成立についてのことであって、量刑上も、故意に積極的に逋脱を行った部分と同一に扱うべきであるとまでしているわけではない。

原判決は、逋脱行為の結果として後に青色申告の承認を取り消されるであろうことは行為当時に認識できたし、被告人も、その知識・経験に照らせば、現実的に結果を予見していたものと推測できるから、量刑上斟酌する余地はないとするのであるが、問題の特別償却部分は、元来は、青色申告承認取り消しがなければ、損金として処理することに何ら問題のない部分であったことが不当に軽視されている。もっとも、前記最高裁の判例は、このことを慮ってか、逋脱行為が青色申告承認制度と相容れないものであることを指摘して、逋脱行為があった以上青色申告制度の特典を受ける資格はなくなったものとしている。しかし、その論旨に明らかなように、青色申告承認取消しにかかる部分は、直接的には、逋脱行為によるのではなく、特典を受ける資格を剥奪されたために、逋脱額とされるのに過ぎないのである。したがって、この部分は、積極的に逋脱された部分とは明らかに性質の異なるものある。

2 そのうえ、青色申告の承認の取消しについて、法人税法一二七条一項は、同項各号に該当する事由があれば、「・・・・取り消すことができる。」としているだけであって、青色申告の承認が必然的に取り消されるとしているわけではないし、実際にも、本件のように、同項三号に該当する行為があっても、青色申告承認の取消が行われていない例は数多くあるのである。したがって、これを行為当時に当然認識できたとする原判決(及び犯罪の成立を肯定する最高裁判決)には、論理の飛躍がある。このような考え方は、国家の課税・徴税権を必要以上に強調するもので、妥当・公平な量刑とはいい難い。

3 右にみた通り、青色申告承認取消しにかかる部分は、直接逋脱行為にかかる部分に比べれば、間接的なものであり、また、反規範性も低いものというべきである。しかも、本件では、これらの額の、犯則所得額に対する割合は、平成元年六月期では、約五六パーセント、平成二年六月期でも、三〇パーセント程度となるのであるから、量刑上決して無視することのできない割合に達しているのである。これを原判決のように不十分かつ簡単な理由で「量刑上斟酌する余地はない」などということはとうていできないものである。

四 減価償却の再施・調整について

平成元年六月期の減価償却費のうち否認された金額を、当該償却資産の平成二年六月期の期首簿価に加算して平成二年六月期の減価償却費を計上したとすれば、被告人会社の実質的意味での逋脱金額は約二、八七〇万円少なくなる。このことも、情状上十分に考慮されるべきである。

1 まず被告人会社が平成二年六月期中に取得したとして同年六月期に償却費を計上したが、原判決によって取得時期は同二年六月期であるとの理由で否認されたものはダンプ(HD四六五)二台である。

この取得価格は合計金九、二〇〇万円であり、平成元年六月期に計上した減価償却費は金三、〇四二万九、〇〇〇円(普通、特別とも)であった。したがって、平成二年六月期には右償却後の金六、一五七万一、〇〇〇円を期首簿価として、これに定率法による普通償却率三六・九パーセントを乗じた額を同年六月期の普通減価償却費として計上したのである。

しかし右元年六月期の減価償却費を認めないのであれば、平成二年六月期の期首簿価は償却前の金額である金九、二〇〇万円を計上し得ることになる。そうすると、右期首簿価の差額金三、〇四二万九、〇〇〇円(平成元年六月期の減価償却額)の三六・九パーセントに当たる金一、一二二万八、三〇一円を、被告人会社が現に計上した減価償却費額に加えて計上することができるはずである。

2 つぎに青色申告承認取消しによって平成元年六月期の青色申告による特別償却を否認された額の総額は金一億四、二八六万〇、三六〇円である。そうすると、平成二年六月期の期首簿価格は同様の理由により、右否認額を加算して計算し得ることになり、これに前記償却率三六・九パーセントを乗じた金五、二七一万五、四七二円の減価償却費をさらに計上できたということになる。

3 このようにして被告人会社は、平成二年六月期において、現に減価償却費として計上した金額に加えて右合計金六、三九四万三、七七三円を計上し得たことになる。減価償却費の増加は損金の増加であるから、被告人会社の同期の所得金額は、金六、三九四万三、七七三円減少することになる。

そうだとすれば、同期の逋脱金額は、右所得減少額に四二パーセントの法人税率を乗じた金二、六八五万六、三八四円分だけ少なくなっていたはずなのである。

これも、逋脱額がいわば「水膨れ」している一因といえるものであり、このことは、被告人の情状を考えるうえで十分に斟酌されるべきである。

五 その他被告人に有利な情状

1 逋脱税額全額の支払い

被告人会社は、本件公訴事実にかかる法人税逋脱額全てについて、国税当局に修正申告のうえ、重加算税も含め、その全額を納付している。(原審弁二五番)。

脱税で摘発された額を納付したこと自体をとりたてて有利な情状とみる必要はないという考えもあるかもしれないが、脱税額を納付しないまま放置する事例も少なくないのに加え、被告人会社の場合は、更正処分を待たずに修正申告をしたうえ一円の不足もなく納付している。しかも被告人会社が納付した時期は、景気の後退により必ずしも資金繰りに余裕のある時期ではなかった。現に、重加算税を含めた納税の結果、被告人会社の資金繰りは非常な圧迫を受け、長短借入れが急激の増大しているのである。

法人税法違反を単なる財産犯と全く同視し得ないとしても、被告人会社が右のような状況のもとに、逋脱額全額を納付したことは、その経理責任者である被告人についても、有利な情状として十分考慮されるべきである。

2 平成三年六月期の申告及び還付の状況

(一) 被告人会社は平成三年六月期の確定申告において、前年六月期及び前々年六月期に未払いとして計上していた丸磯建設に対する未払金二億六、七七四三、〇〇〇円及び河本建設に対する未払金一億三、二二二万六、八一六円の合計金三億九、九九六万九、八一六円の全額を完成工事高として売上げに計上し、同年六月期の申告所得金額を金三億四、九三五万五、九〇一円とする確定申告をし、これに見合う法人税金一億三、〇二四万八、一二五円を納付した。

ところが国税局から右完成工事高金三億九、九九六万九、八一六円は売上げの架空計上になるから更正の請求をするようにとの指導を受けて、本件起訴後の平成五年一〇月一二日に同期の欠損金額を金六、九七二万六、七七七円とする更正の請求をして、納付済の法人税である金一億三、〇二四万八、〇三三円の還付を受けた。

これは被告人会社が自主的に申告した右金三億九、九九六万九、八一六円は、平成元年六月期及び同二年六月期に未払金として計上したことが違法だとして否認されたため、平成三年六月期に売上高を計上すると二重課税になるからということだと考えられる。

(二) ところで平成三年六月期の確定申告については、まず平成三年九月四日に確定申告書を提出し、その後申告期限である同月末日までに朝銀尼崎支店に対する定期預金のうち金三億四、五一六万一、五九四円の計上もれがあることが判明したため、同日申告書(文書の表題は「修正申告書」)を提出したという経緯がある。しかし九月四日の確定申告時において前記完成工事高金三億九、九九六万九、八一六円が既に計上済であったことに注目すべきである。即ち、被告人会社に国税当局の査察が入ったのは同月五日であり、その前日には右完成工事高を計上した確定申告をしていたのである。

被告人会社が、平成二年六月期まで右三億九、九九六万九、八一六円を未払金として処理していたのは、伊敷ニュータウン造成工事にかかる丸磯建設とのジョイントベンチャー清算の話合いが未解決であったからである。そしてこの話合いがついた平成三年六月期には、前記のとおり、国税当局による指摘を待つまでもなく、この未払金全額を完成工事高に計上しているのである。

つまり、被告人については、不慣れなジョイントベンチャー工事会計について、適正な会計処理ができなかったのではないかとの憾みなしとしないが、あくまでも法人税を逋脱しとおそうとの認識はなかったのである。

換言すると、本来は右の金額を平成元年六月期もしくは平成二年六月期に未払金に計上すべきではなかったのに、被告人は、丸磯建設との話合いの決着がつくまでは未払金に計上してもよいと判断した結果として、完成工事高の計上時期及び方法について税務当局との間での見解の相違をきたしたに過ぎないといえるのである。

そして、被告人に法人税を逋脱しようとの認識がなかったことは、前記のとおり国税当局による査察開始前の平成三年九月四日に確定申告書を提出していること及び同年六月期の申告が赤字申告でなく申告所得額を金三億四、九三五万五、九〇一円とし、金一億三、〇〇〇万円余の法人税を納付していることによって明らかである。

このことも、被告人の情状を考えるうえで十分に斟酌されるべきである。

3 資産保留(いわゆる「溜まり」)の不存在

被告人会社の入金は全て除外されることなく全部明白に計上されている。そして、世上よくみられる仮名預金等の簿外資産はみられない。被告人会社にあっては隠匿資産がないのである。

原審公判調書によると原審において弁護人は修正貸借対照表の開示を求めたが、検察官がこれを開示しないまま最終的には開示請求を撤回したことになっている。この修正貸借対照表がないため、本件逋脱額が一体どのようになったかについて、国税当局及び検察官がどのように理解しているか判然としない。しかし、少なくとも簿外資産が存在しないことは明白である。

これは本件逋脱行為の大半が、翌期への期ずらしや実質的にはジョイントベンチャーに伴う経理上の処理というものであったことによる。つまり、一時的にはとも角、納税時期という、区切りをとりはずして考えると、被告人の行為が国家の租税債権を侵害する程度は実質的には小さなものであったことを意味する。

4 第一審判決後の情状

被告人会社は、宝塚市、西宮市、神戸市などに協力して本年一月一七日発生した阪神淡路大震災による倒壊家屋瓦礫類の撤去、整理などの業務を無償でおこなった。このボランティア活動は、被告人会社がその所有する重機や従業員などを用いて自発的に参加したものである。被告人会社は右ボランティア活動への参加の決定にあたって被告人会社の弁護人らには、相談することなく、全く自発的に参加を決めたのである。

右、ボランティア活動の原価計算をしてみると、例えば、宝塚市におけるそれは、三月六日から六月三〇日までの約四ヶ月間で五、〇〇〇万円強にのぼる。

右のような被告人会社のボランティア活動に、その従業員である被告人も、参加・協力してきたといえるのであって、これは被告人にとっても有利な情状として考慮されるべきである。

(以上)

平成元年6月期 割賦手数料計上可能額(前払費用損金計上可能額)

〈省略〉

平成元年6月期 割賦手数料計上可能額(前払費用損金計上可能額)

〈省略〉

平成2年6月期 割賦手数料計上可能額(前払費用損失計上可能額)

〈省略〉

控訴趣意書

法人税法違反 被告人 株式会社大産建設

同 山下正一こと

金基徳

右の者に対する頭書被告事件について、弁護人らは以下のとおり、控訴の理由を明らかにする。

一九九五年九月二二日

右弁護人 後藤貞人

同 華学昭博

大阪高等裁判所第一刑事部 御中

目次

第一点

第二点

第三点

第四点

一 はじめに

二 前件と同様の方法か

三 ほ脱額が「高額」であることなど

四 江藤に対する指示

五 前科

六 その他被告人に有利な情状

1 ほ脱税の全額の支払い

2 平成三年六月期の申告及び還付の状況

3 資産留保(いわゆる「溜まり」)の不存在

4 被告人金が実刑に処せられることによる影響

5 第一審判決後の情状

第一点 原判決には、外注工事費の計上可能額を否定したことについて、理由不備ないし判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認がある。

一 被告人会社の平成元年六月期における丸磯建設株式会社に対する外注工事費の計上可能額八三六六万〇六二六円から公表処理済の同社に対する外注工事費一一四七万六五七二円を控除した残額七二一八万四〇五四円は、平成元年六月期及び同二年六月期の各ほ脱所得金額から除外すべきである。

原判決は、この点につき、右計上可能額は「河本建設に対する外注工事費として計上した一億三二二二万六八一六円が架空であることを明らかにする過程で、丸磯建設に対するそれとしても実存することがあり得ないことを明らかにするために、…算出された数字に過ぎない」として「この『計上可能額』が認容される余地は皆無である」と判示した。

二 しかしながら、「査察官調査書」(原審検察官証拠請求番号一〇番――以下単に原審検一〇番というように略記する。――一五頁)は、丸磯工区の出来高一億四三七〇万三〇〇〇円から、昭和六二年六月期及び同六三年六月期に外注工事費として計上済の六〇〇四万二三七四円を差引いた八三六六万〇六二六円は、平成元年六月期において丸磯建設に対する外注工事費として計上することが可能であることを明言している。つまり、税務の専門家である国税局収税官吏(国税査察官)が費用計上が可能だと言い切っているのである。

ところが、このことを否定する原判決がいうところの「河本建設に対する外注工事費…が架空であることを明らかにする過程で、丸磯建設に対するそれとしても実存することがあり得ないことを明らかにするために…算出された数字に過ぎない」ということの意味は全く不可解、理解不可能という外ない。

被告人らは、河本建設に対する外注工事費一億三二二二万六八一六円が架空であることを争っているのではない。これを仮に丸磯建設に対する外注工事費として計上していたとすれば、そのうち八三六六万〇六二六円は税法上も適法なものとして認められていたはずだと主張しているのである。そして、前記査察官調書は丸磯建設に対する外注工事費だとすれば、それが実存し得ると明示しているのである。

このように国税当局が実存し得るとしているのであるから、原判決がこれを否定するのであれば、誰もが納得できる合理的理由が示されなければならない。しかるに、原判決は何ら的確な根拠及び理由を示すことなく、その上、到底理解不可能な表現でもってこれを否定している。この点において原判決は理由不備のそしりを免れない。

なお、原判決は右のように判断した前提として、本件ジョイントベンチャー工事が平成元年五月頃に完成した旨認定しているが、現実には同年八月末日まで工事が継続していた。つまり、原判決には前提事実についても、事実誤認があることが明らかである。

三 原判決が右のように判断したのは被告人会社が決算上、河本建設に対する外注工事費として計上したこと及び、同社に対する外注工事費が全く架空のものであることに引っ張られたものと思われる。

ここでは、仮に河本建設に対する外注工事費一億三二二二万六八一六円が丸磯建設に対するものとして計上されていたとしたらどうであったろうかとの前提に立って考えるべきなのである。この前提に立てば前記「査察官調査書」が示すとおり、丸磯工区の出来高一億四三七〇万三〇〇〇円から前年度である昭和六三年六月期までに計上済の外注工事費六〇〇四万二三七四円を差し引いた残高八三六六万〇六二六円を平成元年六月期の外注工事費として計上することが可能なのである。

このように単に相手先を変更するだけで外注工事費としての費用計上が可能なのであるから、被告人会社が相手先を誤って河本建設としたこと及び、同社に対する外注工事費が全く架空であるとの一事をもって、これをほ脱帆所得金額から除外できない旨判示した原判決は、前記のとおり、理解不可能な理由を述べている点において理由不備であるとともに、結論において事実誤認の違法があることは明らかである。

第二点 原判決には、減価償却費の計上可能時期の認定について、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認がある。

一 原判決は、被告人会社の平成元年六月期の所得を算定するについては、

HD四六五-二三〇八

HD四六五-二三〇九

の二台の建設機械について、

同二年六月期の所得を算定するについては、

D三七五AR-一六一一八

D三五五AR-一三一五八(一三五一八)

D三五五AR-一三〇五六

D六LP-四〇九二

九九二C-〇一六六二

D一一N-〇〇〇七二九

七七七B-〇八五一

七七七B-一一七五

七七七B-一一七六

の九台の建設機械について(機械の表示は被告人会社の固定資産台帳による)、いずれもそれぞれ翌朝に取得して事業の用に供されたものであるとして、平成元年六月期については、三〇四二万九〇〇〇円を、平成二年六月期については、二億一六六九万五二五〇円を、それぞれ減価償却費として計上することを認めなかった。

しかし、いずれの建設機械についても、次項以下にみるように、各決算期末までには、被告人会社にとって事業の用に供されたていたとみるべきであって、これらの減価償却費を「架空のもの」ということはできず、原判決が認定した各期の所得、ひいては各期の脱税額に誤りがあるというべきである。

また、仮に、客観的には、これら建設機械が被告人会社にとって償却可能な固定資産となったのが、原判決認定の通りいずれも翌期とみるしかないとしても、被告人、江藤においては、いずれの機械についても、それぞれ減価償却を開始した事業年度の終わりまでに、償却可能な固定資産となったものと認識していたのであって、被告人らにおいて、故意に法人税を免れたものとすることはできない。

そして、これら原判決の事実認定の誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

二 原判決の認定の重要な基礎となったと考えられる「査察官調査書」(原審検一二番)は、いわゆる納車の時期に注目して、納車時点以前には被告人会社はこれらの資産を取得していなかった、したがって、当然事業の用に供したこともなかったものとみており、原判決もこれによったものと考えられる。

しかし、減価償却資産の取得時期あるいは事業の用に供した時期について、納車、より一般的には、納品の時以降というような画一的で硬直した考え方を採る必然性は全くない。むしろ、事業の用に供した時期とは、いつでも稼働できる状態となった時期と考えればよいのであって、それには、納品の時期をとらえるのが当面の税運用上は明確であるというに過ぎず、それ以外にはありえないなどと考える必要性は全くない。減価償却資産を事業の用に供した時期とは、結局、償却可能状態の始期であり、これは、減価償却費が企業にとって損金(費用)とされることから合理的に定められれば足りるのである。税務行政レベルでの画一的取扱いは、あるいは、やむをえないとしても、法の専門家である原裁判所までが行政庁のような画一的思考に陥ったことは残念である。

三 さて、このように考えるならば、償却開始可能時期を決定するには、その企業が益金(売上)として計上している金額の性格等も当然考慮されるべきである。例えば、小売業のように比較的短期に商品が回転し、その売上も現金ないしそれに近い掛売りの場合には、償却資産の償却可能時期についても、現実に当該資産の占有を取得した時期、即ち納品の時期以降と解しても、それ以前の売上に当該償却資産が寄与しているとみる余地は少なく、大きな問題ではないだろう。

しかし、建設業のように、かなりの多額の代金を工事開始前に計上あるいは現実に受け取ることがあり、しかも、その工事の代金を定めるについては、どの程度の機械(償却資産)が用いられるのかまで考慮されているような場合には、右のような小売業の場合とは異なった考え方を採ることも可能である。即ち、この場合、償却資産は、現実に稼働する以前から、その売上において、稼働するものと見込まれているのであり、いわば現実的稼働以前に売上に寄与しているのである。これを「事業の用に供した」と評価しても何ら悖理ということはできないばかりか、かえって、費用と収益を対応させるという会計学の考え方に、より適合的であるといえるのであって、課税上も、実質性・公平性の観点から望ましい処理とさえいえるのである。

もっとも、この場合でも、単に「購入の予定」という程度では、まだ不確実であり、当該期における償却を承認するためには、もう少し確実なものとなっている必要がある。たとえば、既に売買契約を締結し、納期も近い時期に定まっているとか、さらに進んで、いつでも引渡しを受け得る状態にあるといったような確実性は必要であろう。

四 このようにみてくると、本件被告人会社の減価償却費(普通、特別とも)は、何ら架空と評価されるべきものではないことが明らかである。

そもそも、これら減価償却資産は、すべて、翌期(それも大部分は、七、八月)に納入されているのであって、全く存在しないものを償却したわけではない。確かに、いずれの機械も現実に被告人会社が引渡しを受けたのは、当該期ではなかったが、いずれの資産(機械)も、当該期には、すでに契約済みであったことは明らかである。しかも、自動車でいえば登録番号に相当するシリアル・ナンバーまで決まっており、いつでも引渡し可能な状態にあったもので、引渡しが遅くなったのは、主に補強作業を行っていたためであるが、この作業はいったん引渡しを受けた後に使用(事業の用に供)しながら行うことも可能というものであった(これらの事実については、当審でもさらに立証を行う予定である)。さらには、いずれの期の計上売上も、現実に、これらの機械を使用することを前提とした工事の代金を含んでおり、このような観点からも、当該期において、「事業の用に供された」ものとして、減価償却を開始しても何ら不当なところはない。これらの検討もせず、画一的に納車を受けたかどうかだけで、償却可能時期を決してしまった前記「査察官調査書」、及び安易にこれに依存してしまった原判決は、税法の解釈及び償却可能時期の認定につき、重大な誤りを犯しているといわなければならない。

五 これらの減価償却費の計上が、脱税の手段でなかったことは、被告人らをとりまく当時の状況からみても明らかであり、このような状況に照らせば、すくなくとも被告人らには、脱税の意図はなかったものというべきである。

1 前記の通り、これらの重機は、いずれも、例えば補強作業を後回しにして、当期中に引渡しを受けることが可能であった(平成元年六月期分については、一日違いである)。したがって、被告人にこれが架空の減価償却費の計上になってしまうとの認識があれば、あえて、このような補強をせず、これら重機の引渡しを当期中に受ければ足りていたのである。

2 そもそも、被告人らには、脱税の手段として、このような減価償却をしなければならないような必要性はない。それほどにまでして所得ひいては税額を減額しなくても、平成元年六月期には、本件の減価償却費金三〇四二万九〇〇〇円をはるかに超える金九九〇四万〇七八二円の「前払費用」(内訳は別紙「平成元年六月期割賦手数料計上可能額」の通り)が損金として処理が可能であり、平成二年六月期においても、金二〇九〇万九八三八円(内訳は別紙「平成二年六月期割賦手数料計上可能額」の通り)について同様の処理が可能であった。このことに照らしても、本件において(少なくとも平成元年六月期については)、脱税の手段として、架空の減価償却費を計上したと評価するのは不合理である。

3 また、平成元年六月期の確定申告書(原審検四番)の「特別償却の付表(一)」には、前記二台の建設機械の「取得等年月日」及び「事業の用に供した年月日」ともに平成元年七月一日と記載されていたし、尼崎税務署の調査でも、この減価償却は納入日に照らして問題があるとされていた(原審検五七番添付資料7の五枚目)。にもかかわらず、この点の修正申告は結局行わずにすまされてしまったのであり、このことからしても、被告人らにおいてこのような経理処理が税務当局に承認されたものと考えるのが当然であり、少なくとも、その後に申告時期の来る平成二年六月期分について、この部分が脱税の手段であるとの認識をもつことは極めて困難であり、被告人らに脱税の意図があったとみることはできない。

第三点 原判決が平成二年六月期の所得及び法人税額を計算するについて、雑損失金六〇五四万〇六三六円が存在しないと認定したのは、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認である。

一 原判決は、「査察官調査書」(原審検一三番)等によったものであろうが、平成二年六月期の所得を計算するについて、同期において損金として処理されていた雑損失のうち六〇五四万〇六三六円を、架空のもので存在しないとし、それに基づいて同期の税額を計算している。

二 ところが、右雑損失と同額が、本件起訴後に行われた平成三年六月期についての更正の請求において、今度は「貸付金認容」として復活し、平成三年六月期の所得をそれだけ減額することが尼崎税務署において認容されている。

これは、平成二年六月期に架空のものとされた右六〇五四万〇六三六円が結局は架空のものではなかったと税務当局も自認したことを示すものであり、原判決の平成二年六月期についての右認定は誤っているというべきで、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第四点 原判決の刑の量定は不当に重いので、破棄のうえ刑の執行猶予を付されたい。

一 はじめに

原判決は、被告人を懲役一年六月の実刑に処する極めて厳しいものである。原判決は、同被告人をこのような厳しい刑に処した理由を(量刑の理由)で述べている。その理由はつぎの四つに大別できる。

〈1〉 昭和六〇年に法人税法違反により執行猶予付判決を受け、更正の機会を与えられているのに反省することなく、前件と同様の方法で法人税を免れた事案である。

〈2〉 ほ脱額は高額で、ほ脱率は一〇〇パーセントである。「期ずらし」であっても侵害の程度は他の方法より軽徴とは言えず、青色申告承認の取消による特別減価償却の否認分も行為当時当然認識できていた。

〈3〉 本件が発覚しても否認しやすいように、江藤に明示的な指示を与えず、前件の確定記録を見せるなどしたうえ「節税せえ」などと暗示するに止めて目的を達する犯行態様は、狡猾以外のなにものでもない。

〈4〉 同種前科以外にも傷害、外国人登録法違反、業務上過失傷害の罰金前科が四犯ある。

しかし、原判決の量刑の理由とした右四点は、いずれもその前提事実に誤りがあったり、それ自体実刑に処す一事由となるような事実ではないのに、極めて悪質な情状と誤って認識されたものである。

ところで、原審において、原審弁護人は修正貸借対照表の証拠開示を求めたが、結局開示されなかった。しかし、複式簿記による会計処理の原則からすると、貸借対照表なくしては、厳密な意味での所得額は確定し得ない筈である。したがって、これがないままになされた原判決は、少なくとも被告人らの情状にとって有利であるかもしれない証拠を取り調べずになされたものであり、この点でも問題がある。

二 前件と同様の方法か

1 原判決は「本件各犯行は、昭和六〇年九月六日、神戸地方裁判所において法人税法違反により懲役一年、執行猶予三年の判決(昭和六一年七月一二日確定)を受け、更正の機会を与えられていた被告人金が、反省することもなく、被告人江藤と共謀して、前件と同様の方法で、法人税を免れた」、「今回は、本件が発覚しても否認しやすいように、脱税工作を拒否しがたい立場の江藤に対して明示的な指示を与えず、前件の確定記録を見せるなどしたうえ、『節税せえ』などと執拗に暗示するに止めて」目的を達したと言う。右認定は、原審検察官の「経理の専門知識を有する被告人江藤に対して、前刑の確定記録を読ませるなどして、被告会社での不正経理の方法を教示し、……具体的な指示をしなくても被告人江藤なら、うまく不正経理をしてくれるとの考えから……」との原審論告における主張に対応する。

要するに、原判決は、被告人金が明示的に脱税を指示することなく、前件の確定記録を読ませる一方、「節税せえ」と述べることによって、前件と同様の方法で江藤が脱税の為の操作をするように暗に指示したというのである。

しかし、「前の判決を受けた記録を読むように」と言った被告人金の意図が、不正経理の方法を教示することにあったということ自体が捜査官の思い込みとしか考えられない。常識的に考えて、有罪となった刑事裁判記録を与えて「不正経理の方法を教示」したりすれば、刑事事件として容易に摘発されるようなことをするようわざわざ教唆していることとなる。何人もそのようなことをするとは思えないし、現に、被告人金はそのような意図で右記録を江藤に見せたものではない。

2 ところで、原判決が被告人金を実刑に処した理由の一つは、単に脱税の前科がある、ということでなく、「前件と同様の方法による脱税」ということにある。脱税の方法は、おおむね売上除外と架空経費の計上であるから、単に、売上除外とか架空経費を計上したということで、原判決が「前件と同様の方法」と断じたのではないことは明らかである。そこで、原判決が「前件と同様の方法」というのは、ほ脱の勘定科目、手段において同様というように理解できる。

原判決は前記のように「前件と同様の方法で法人税を免れた」と判示している。前刑に懲りず同じ方法で脱税したのであれば、確かに、原判決の言うように悪しき情状となるかもしれない。しかし、「前件と同様の方法で法人税を免れた」というのは事実誤認である。

なる程、原審で取り調べられた前刑の判決書(原審検三八番、三九番)によると、外注工事費、重機修理費、減価償却益等、ほ脱の勘定科目自体としては、本件と同科目のものがある。しかし、その実体を見てみると、前刑における脱税(但し、被告人金はその全てを脱税と認めた訳ではない)とその内容・方法が全く異なる。

前刑でほ脱したとされたものは左のとおりである。

〈1〉 労務費 架空従業員名使用による架空の労務費。財形貯蓄積立金を労務費として計上。架空と認められるオペレーター会費分。一部架空計上の期末未払い賞与及び給与。給与とは認められない仮払扱給与等。

本件ではこれに類するものは全くない。

〈2〉 外注工事費 架空の外注工事費をあげ、これと賃料を相殺。

本件でも「外注工事費」の科目はあるが、本件の場合、共同企業体の経理処理上の誤った認識に基づく処理という側面があり、前刑の場合の単純な架空外注工事費の計上とは全く異なる。

〈3〉 重機修理費 翌期の重機修理費を当期の重機修理費として繰上げ計上したもの、請求金額と支払金額の差額を架空計上したもの及び計上間違いしたもの。

本件でも「重機修理費」の科目はあるが、本件のそれは重機修理費自体を操作したというのではなく、近畿キャタピラー三菱販売からの購入予定のダンプトラックの取得価額相当額に着目して、小松製作所あての重機修理費としたもの、及び伊敷区画整理工事の当初契約額に丸磯建設株式会社の出資割合を乗じて算出された金額を丸磯建設に対する重機修理費としたものである。前刑のそれとは全く異質のものである。

なお、請求金額と支払金額の差額の「架空計上」なるものは、前刑のそれと同様のものであるが、これについては後述する。

〈4〉 調査研究費 架空の調査研究費

本件ではこれに類するものはない。

〈5〉 重機賃借料 架空の重機賃借料

本件ではこれに類するものはない。

〈6〉 減価償却費 減価償却費の架空計上

本件でも「減価償却費」の項目はあるが、本件で問題となっているのは、実際は翌期に取得した重機械を当期に取得したようにするいわゆる「期ずらし」及び青色申告の承認の取消にともなう償却超過額であり、前刑の場合とは全く違う。

〈7〉 受取利息 信用組合等の預金口座に、公表した預金口座から振込等しながら、受取利息を収益に計上しなかった。

本件ではこれに類するものはない。

〈8〉 固定資産売却益 重機を下取物件として、下取価格決定の上引き渡したのちに、当該下取価格を一方的に圧縮したりしたもの。

本件ではこれに類するものはない。

〈9〉 雑収入 現場経費のうち、売上先が負担すべき燃料費等の費用に相当する金額を、売上先から受け取りながら計上せず、受取手形・小切手の一部などを会社の収益に計上しなかったもの。

本件ではこれに類するものはない。

〈10〉 損金計上役員賞与 法人税法三五条一項により損金の額に算入されないものなのに、経費として計上された役員賞与。

本件ではこれに類するものはない。

〈11〉 完成工事高 完成工事売上について、帳端収入の翌期への繰延べ及び計上もれ。

本件でも「完成工事高」の科目はある。しかし、本件で問題となる完成工事高は、丸磯建設及び河本建設あてに架空の売上を計上した、というもので前件の売上除外とは逆である。

〈12〉 使途不明金 簿外リベートを計上して損金算入したもの。

本件ではこれに類するものはない。

〈13〉 役員報酬 被告人会社の被告人に対する貸付金の利息相当額を役員報酬として損金の額に算入したもの。

本件ではこれに類するものはない。

3 右のように、「前件と同様の方法」で脱税したというのは明らかな事実の誤認である。

ところで、実は、前件と全く同様の方法で処理した重要な科目がある。それが先に「請求金額と支払金額の差額については後述する」と述べた「重機修理費」に関するものである。

つまり、前件では、重機修理費及び請求金額と支払金額の差額はすでに値引きで確定しているのに、未処理分として計上したのがほ脱と判断された。しかし、これについては被告人はとうてい了解し難く、行政訴訟を提起して争っている(他の科目も含む)。そして本件で問題となった平成元年六月期、同二年六月期においても、その差額を従来どおり経理処理した。

仮りに、「前件と同様の方法で法人税を免れた」と言いうるものがあるとすれば、それは正にこの重機修理費に関するものである。本件の捜査段階でも最大のといってよいくらい問題となったし、逮捕の一理由となったのもこの科目のほ脱についてであった。しかし、本件ではこの重機修理費の請求金額と支払金額の差額分のほ脱は起訴対象からはずされている。

したがって、原判決が右重機修理費の請求金額と支払金額の差額を「架空計上」として「前件と同様の方法」と判断したのであれば、それは検察官が何らかの理由に基づいてわざわざ起訴対象から除外した行為を「ほ脱」と認定したようなものである。そして、原審において何故に検察官が起訴対象から除外したかについて原審弁護人が検察官に対し明らかにするよう釈明を求めたけれども原審検察官はこれに応じなかった。そのため、捜査の過程でどのような証拠が出てきたのか不明であるが、「クレーム・値引きが確定せず、したがって未払金勘定として未払い費用を立てた正当な処理である」旨の被告人らの捜査段階依頼の主張が裏づけを得たと考えることができる。

右のようにして「前件と同様の方法」というべき重機修理費の請求金額と支払金額の差額は起訴にかかるほ脱対象からはずされているから、原判決が、もしこれをもって「前件と同様の方法」でほ脱したと認定し、被告人金の悪しき情状に数えたとすれば、それは明らかな誤りである。逆に原判決が、右の重機修理費の請求金額と支払金額の差額分の処理は本件では起訴されなかったので、これをもって「同様の方法」と認定する根拠としなかったのであれば、それ以外に「前件と同様の方法」と認定しうるものはない。

4 このように、前件と本件は、同じ脱税といってもかなり手段、方法が異なる。この相違は、前件時に経理を担当した西平信子が帳簿などの作成を非常にルーズにする一方で、自ら多額の横領をしていたことと、本件での主たる問題がジョイントベンチャーの会計処理に関する江藤独自の理解、処理に起因するところもあることからくるのではないかと考えられる。

いずれにしても、原判決が「前件と同様の方法」で脱税したと認定したのは事実を誤って認定したものである。

三 ほ脱額が「高額」であることなど

1 原判決は、ほ脱額が高額でほ脱率が高率である旨認定した。たしかに、原判決が認定したほ脱額やほ脱率だけを見ると高額、高率にみえるかもしれない。しかし、その実体をみると売上除外はない。また、経費の計上について「架空」という表現が用いられているが、「期ずらし」やジョイントベンチャー会計についての見解の相違というのが実体である。さらに、ほ脱額には青色申告承認取消による特別償却費の否認分が含まれており、いわば額が水ぶくれしているのである。ここでは「期ずらし」と「青色申告承認取消による否認分」などについて述べる。

2 原判決は、「期ずらし」が他の方法によるよりも侵害の程度が軽微であるとは必ずしもいえないとして、これを量刑上被告人らの有利な情状として考慮していないが、不当である。

原判決は、期ずらしによる「業者側の実益」に着目して、他の方法によるよりも軽微であるいとは必ずしもいえないとしたのであるが、右業者側の実益があるとしても、これは、純然たる所得隠しに比べれば、金額的にも、方法的にも軽微であるというのが原審弁護人の主張であったし、正当な指摘であると思われる。それにもかかわらず、原判決は「業者側の実益」の存在を指摘しただけで、この「実益」なるものが本来の所得隠しの場合と同視できるかなどについて何らの検討も説明せず、軽微とは「必ずしも」いえないとの修辞で曖昧にしたにすぎない。これでは弁護人の主張を排斥する理由を説明したことにはなっていないというべきである。

もともと、いわゆる「期ずらし」を行って、ある期には所得が少なくなっても、他の期には増えるのであるから、純然たる所得の隠蔽とは異質のものであることは明らかである。

そのうえ、仮に、原判決のいうように「期ずらし」による業者の利益が考えられるとしても、それは本来の所得隠しによる利益に比べればはるかに低いものであることは明らかであるし、積極的に、全く架空のものを作り上げたり、存在するものを隠匿するのではく、いわば消極的で単純な方法であって発覚しやすく(このことからも、この形態は故意というよりは、うっかりしたミス即ち過失に近いことがわかる)、方法としての悪質性も少ないことは自明である。

この点を全く無視した原判決は明白に誤っている。

3 原判決は、青色申告承認取消しによる減価償却資産の特別償却額の否認分も量刑上斟酌する余地はないとするが、不当である。

(一) 青色申告の承認が取り消されたことによって増加した税額についてもほ脱犯は成立するとするのが最高裁の判例ではあるが、それはあくまで犯罪の成立についてのことであって、量刑上も、故意に積極的にほ脱を行った部分と同一に扱うべきであるとまでしているわけではない。

原判決は、ほ脱行為の結果として後に青色申告の承認を取り消されるであろうことは行為当時に認識できたし、被告人らも、その知識・経験に照らせば、現実的に結果を予見していたものと推測できるから、量刑上斟酌する余地はないとするのであるが、問題の特別償却部分は、元来は、青色申告承認取消しがなければ、損金として処理することに何ら問題のない部分であったことが不当に軽視されている。もっとも、前記最高裁の判例は、このことを慮ってか、ほ脱行為が青色申告承認制度と相容れないものであることを指摘して、ほ脱行為があった以上青色申告制度の特典を受ける資格はなくなったものとしている。しかし、その論旨に明らかなように、青色申告承認取消しにかかる部分は、直接的には、ほ脱行為によるのではなく、特典を受ける資格を剥奪されたために、ほ脱額とされるのに過ぎないのである。したがって、この部分は、積極的にほ脱された部分とは明らかに性質の異なる部分であるといわなければならない。

(二) そのうえ、青色申告の承認の取消しについて、法人税法一二七条一項は、同項各号にあたる事由がある場合には、「・・・取り消すことができる。」としているだけであって、必然的に青色申告承認が取り消されるとしているわけではないし、実際にも本件のように、同項3号にあたる行為があっても青色申告承認の取消が行われていない例は数多くあるのである。したがって、これを行為当時に当然認識できたとする原判決(及び犯罪の成立を肯定する最高裁判決)には、論理の飛躍がある。このような考え方は、国家の課税・徴税権を必用以上に強調するもので、妥当・公平な量刑とはいい難い。

右にみた通り、青色申告承認取消しにかかる部分は、直接ほ脱行為にかかる部分に比べれば、間接的なものであり、また、反規範性も低いものというべきである。しかも、本件では、これらの額の、犯則所得額に対する割合は、平成元年六月期では、約五六パーセント、平成二年六月期でも、三〇パーセントとなるのであるから、量刑上決して無視することのできない割合に達しているのである。これを原判決のような不十分かつ簡単な理由で「量刑上斟酌する余地はない」などということは到底できないものである。

4 平成元年六月期の減価償却費のうち、違法であるとして否認された金額を当該償却資産の平成二年六月期の期首に加算して平成二年六月期の減価償却費を計上したとすれば、被告人会社の実質的意味でのほ脱金額は約二六八五万円少なくなる。このことも十分に考慮されるべきである。

(一) まず被告人会社が平成二年六月期中に取得したとして同年度に償却費を計上したが、原判決によって取得時期は同二年六月期であるとの理由で否認されたものはダンプ(HD四六五)二台である。

この取得価格は合計九二〇〇万円であり、平成元年六月期に計上した減価償却費は三〇四二万九〇〇〇円であった。したがって、平成二年六月期には右償却後の六一五七万一〇〇〇円を期首簿価として、これに定率法による普通償却率三六・九%を乗じた額を同年六月期の減価償却費として計上した。

しかし右元年六月期の減価償却費を否認するのであれば、平成二年六月期の期首簿価は償却前の金額である九二〇〇万円として計算し得ることになる。そうすると、右期首簿価の差額三〇四二万九〇〇〇円(平成元年六月期の減価償却額)の三六・九%に当たる一一二二万八三〇一円を、被告人会社が現に計上した減価償却費額に加えて計上することができる。

(二) つぎに青色申告承認取消しによって平成元年六月期の青色申告による特別償却を否認された減価償却費の総額は一億四二八六万〇三六〇円である。そうすると、平成二年六月期の期首簿価格は同様の理由により、右否認額を加算して計算し得ることになり、これに前記償却率三六・九%を乗じた五二七一万五四七二円の減価償却費を余計に計上できたことになる。

(三) このようにして被告人会社は、平成二年六月期において、現に減価償却費として計上した金額に加えて右合計六三九四万三七七三円を計上し得たことになる。減価償却費の増加は損金の増加であるから、被告人会社の同期の所得金額は六三九四万三七七三円減少することになる。

そうだとすれば、同期のほ脱金額は右所得減少額に四二%の法人税率を乗じた二六八五万六三八四円だけ少なくなっていたはずである。

このことは、いわばほ脱額が「水ぶくれ」している一因といえ、被告人らの情状を考える上で十分に斟酌されるべきである。

四 江藤に対する指示

原判決は「特に、被告人金は、かつて同種事犯により処罰されたにもかかわらず、却って前件で脱税が発覚し有罪判決を受けた経験を生かして、今回は、本件が発覚しても否認しやすいように、脱税工作を拒否しがたい立場の江藤に対して明示的な指示を与えず、前件の確定記録を見せるなどしたうえ、『節税せえ』などと執拗に暗示するに止めて目的を達する犯行態様は狡猾以外のなにものでもない」と判示した。

右判示は「今度は、経理担当者の江藤には、できるだけ細かいことは喋らず、漠然とした抽象的なことだけ言って、後は、江藤の判断で脱税をさせるようにしようと思いました」、「最初に江藤に決算をさせた昭和六二年六月期の決算期のことですが、江藤に(中略)『税金対策の方頼むで、できるだけ節税してくれ』と指示したのです」、「これだけ言っておけば、大学をでており、経理に詳しい江藤のことですから、脱税をやってきた会社のこれまでの経理をみれば、どの様にして脱税をすればいいかは、当然分かってくれると思ったのです」などという被告人の検察官調書の記載、あるいは江藤の検察官調書の「山下から細かく脱税の指示を受けた事実はない」旨の記載によるものと思われる。

しかし、右江藤及び被告人の各調書は取調官に迎合して作成されたもので事実に合致しないところがある。

「節税せよ」ということは殆ど全ての経営者が、経理あるいは税務担当者に指示することである。経営者がこのようなことを言ったとしても、言われた方がそれを「脱税」と理解するとは限らない。

それ故、被告人らの右検察官調書の記載は、それ自体にわかに措信しがたいが、さらに重要なことは、右のように言う被告人および江藤の検察官調書中に、右と全く矛盾する供述が出てくることである。

すなわち、重機修理費の請求金額と支払い金額の差額について、被告人は、江藤に値引き処理をしないで「未払い」として一括計上するように指示していたというのである。原審検四四番の被告人の平成五年六月一九日付検察官調書には、

答 そして、クレーム、調整、留保分ですが、これについては、将来払う可能性がありましたので、江藤には、期末に一応経費として計上しておくように指示していました。

問 払う可能性があったと言っても、実際に払う可能性のある金額はごく一部だったのだから、期末に全部を経費として計上するのはいき過ぎであり、むしろ、払った時点でその金額だけを経費として計上すべきだったのではないか。

答 私の考えとしては、全部を期末に経費として計上してもよかったと考えています。

また、江藤の平成五年六月一四日付検察官調書にも、被告人が江藤に対し、

債務を簡単に値引きすると大変なことになるぞ。

債権債務関係はメーカーとユーザーの力関係で決まる。こちらが値引きと思って処理していても、こちらの経営状態が悪くなるとメーカーは値引きしていた分を改めて債権として立てて請求してくることがあるので、こちらも債務としてあげとかないかん。

と指示した旨記載されている。

このようなことからみても、「今回は、本件が発覚しても否認しやすいように、脱税工作を拒否しがたい立場の江藤に対して明示的な指示を与えず、前件の確定記録を見せるのなどしたうえ、『節税せえ』などと執拗に暗示するに止めて」いたというのは、事実ではないことが分かる。被告人の、節税せよ、と言う言葉は、「脱税とならないように節税せよ」という、多くの経営者に共通の願いを述べたと理解したほうが、自然である。

被告人には、原判決のいうように「狡猾」に、あえて具体的な指示をしないで、暗に脱税を指示したという評価は当てはまらない。

それ故にこそ、メーカーとの取引実体を知る被告人は、右の重機修理費について具体的に江藤に明示して指示しているのである。

五 前科

1 同種前科があることは量刑上当然考慮されるであろう。しかし、被告人の前科の内容が本件とは相当異なることは前述した。

原判決はそれ以外に被告人に傷害、外国人登録法違反、業務上過失傷害の前科があることも指摘して実刑の一根拠とした。

2 しかし、最初の傷害は二〇年以上前の被告人が三二歳及び三四歳の時の事件であるし、罰金刑の事案である。それ以降前件までに外国人登録法違反、業務上過失傷害があるが前者は外国人登録証の不携帯である。外国人登録証の常時携帯制度は憲法や国際人権規約B規約に違反するという有力な説がある位であり、右の前科が被告人の悪しき人格態度を徴憑するものとは認め難い。又、業務上過失傷害も単なる接触事故であって、軽微なものである。

これらの前科をも列挙して実刑の根拠とすることは、その内容をよく検討せずに人格非難に結びつけようとするもので不当である。

六 その他被告人に有利な情状

1 ほ脱税額の全額の支払い

被告人会社は、本件公訴事実にかかる法人税ほ脱額全てについて、国税当局に、修正申告のうえ重加算税も含め、その全額を納付している(原審弁二五番。なお、この点については当審で補充立証する)。

脱税で摘発された額を納付したこと自体をとりたてて有利な情状とする必要はない、という考えもあるかもしれないが、脱税額を納付しないまま放置する事例も少なくないのに加え、被告人会社の場合は、更正処分を待たずに修正申告をしたうえ一円の不足もなく納付している。しかも被告人会社が納付した時期は、景気の後退により必ずしも資金繰りに余裕のある時期ではなかった。現に、重加算税を含めた納税の結果、被告人会社の資金繰りは非常な圧迫を受け、長短借入れが急激に増大している。

法人税法違反を単なる財産犯と全く同視し得ないとしても、被告人会社が右のような状況のもとに、ほ脱額全額を納付したことは情状として十分考慮されるべきである。

2 平成三年六月期の申告及び還付の状況

(一) 被告人会社は平成三年六月期の確定申告において、前年度及び前々年度に未払金として計上していた丸磯建設に対する未払金二億六七七四三〇〇〇円及び河本建設に対する未払金一億三二二二万六八一六円の合計金三億九九九六万九八一六円の全額を完成工事高として売上げに計上し、同年度の申告所得金額を三億四九三五万五九〇一円とする確定申告をし、これに見合う法人税一億三〇二四万八一二五円を納付した。

ところが国税局から右完成工事高三億九九九六万九八一六円は売上げの架空計上になるから更正請求をするようにとの指導を受けて、本件起訴後の平成五年一〇月一二日に当期の欠損金額を六九七二万六七七七円とする更正請求をして、納付済の法人税一億三〇二四万八〇三三円の還付を受けた。

これは被告人会社が自主的に申告した右三億九九九六万九八一六円の売上は、平成元年六月期及び同二年六月期に未払金として計上したことが違法だとして否認されたため、平成三年六月期に売上高を計上すると二重課税になるからということだと考えられる。

(二) ところで平成三年六月期の確定申告については、まず平成三年九月四日に確定申告書を提出し、その後申告期限である同月末日までに朝銀尼崎支店に対する定期預金のうち三億四五一六万一五九四円の計上もれがあることが判明したため、同日修正申告書(申告期限内であるから正確には修正申告ではなく確定申告である)を提出した経過がある。しかし九月四日の確定申告時において前記完成工事高三億九九九六万九八一六円が既に計上済みであったことに注目すべきである。なぜなら被告人会社に国税当局の査察が入ったのは同月五日であり、その前日には右完成工事高を計上した確定申告をしていたことになるからである。

被告人会社が、平成二年六月期まで右三億九九九六万九八一六円を未払金として処理していたのは、伊敷ニュータウン造成工事にかかる丸磯建設とのジョイントベンチャー清算の話合いが未解決であったからである。そしてこの話合いがついた平成三年六月期には、前記のとおり、国税当局による指摘を待つまでもなく、この未払金全額を完成工事高に計上しているのである。

つまり被告人らは、不慣れなジョイントベンチャー工事会計についての税法の解釈を誤ったため、適正な会計処理ができなかった憾みはあるが、あくまでも法人税をほ脱しとおそうとの認識はなかったのである。

換言すると被告人らは、本来は右の金額を平成元年六月期もしくは平成二年六月期に未払金に計上すべきではなかったのに、被告人江藤の誤った税法解釈により、丸磯建設との話合いの決着がつくまでは未払金に計上してもよいと速断した結果として、完成工事高の計上時期及び方法を誤ったに過ぎない。

そして被告人らにあくまで法人税をほ脱しようとの認識がなかったことは、前記のとおり国税当局による査察開始前の平成三年九月四日に確定申告書を提出していること及び同年度の申告が赤字申告でなく申告所得額を三億四九二五万五九〇一円とし、一億三〇〇〇万円余の法人税を納付していることによって明らかである。

このことは被告人らの情状を考えるうえで十分に斟酌されるべきである。

3 資産保留(いわゆる「溜まり」)の不存在

被告人会社の入金は全て除外されることなく全部明白に計上されている。そして、世上よくみられる仮名預金等の簿外資産はみられない。被告人会社にあっては隠匿資産がないのである。

「はじめに」で述べたとおり、原審公判調書によると原審において弁護人は修正貸借対照表の開示を求めたが、検察官がこれを開示しないまま最終的には開示請求を撤回したことになっている。この修正貸借対照表がないため、本件ほ脱額が一体どのようになったかについて、国税当局及び検察官がどのように理解しているか判然としない。しかし、少なくとも簿外資産が存在しないことは明白である。

これは本件ほ脱行為の大半が、翌期への期ずらしや実質的にはジョイントベンチャーに伴う経理のイレギュラー処理というものであったことによる。つまり、一時的にはとも角、納税時期という、区切りをとりはずして考えると、国家の租税債権を侵害する程度は実質的には小さなものであったことを意味する。

4 被告人が実刑に処せられることによる影響

被告人なくしては被告人会社の存続は危うい。このことは、原審における被告人質問等の結果明白であるし、原判決も「被告人金が被告人会社の実質的経営者であり、その進退が従業員多数を擁する同社の存亡に直結すること」の事情があることを認めている。ことに我が国の経済状況は、景気が後退し、競争がますます激化している状況にあるので、被告人の不在は被告人会社に決定的なダメージを与えることは明白である。その結果、約七〇名(五五名の正社員とその余の派遣従業員)の従業員も職を失うことになりかねない。本日現在、右従業員のうち二〇年以上勤続の従業員は六名、一〇年以上が一九名である。また五年以上のものが二〇名といずれも長期間勤続の者が多く、ただでさえ求職難の今日において、そのような者は一層転職が極めて困難である。

実刑判決の影響は被告人のみにとどまらないのである。

5 第一審判決後の情状

被告人会社は、宝塚市、西宮市、神戸市などに協力して本年一月一七日発生した阪神淡路大震災による倒壊家屋瓦礫類の撤去、整理や救援物資の提供などの業務を無償でおこなった。このボランティア活動は、被告会社がその所有する重機や従業員などを用いて自発的に参加したものである。被告人は右ボランティア活動への参加の決定にあたって弁護人らには、相談することなく、全く自発的に参加を決めたのである。

右、ボランティア活動の原価計算をしてみると、例えば、宝塚市におけるそれは、三月六日から六月三〇日までの約四ヶ月間で五、〇〇〇万円強にのぼる。

右のボランティア活動の他、被告人は控訴審期間中に刑事贖罪寄付すべく準備中である。

平成元年6月期 割賦手数料計上可能額(前払費用損金計上可能額)

〈省略〉

平成元年6月期 割賦手数料計上可能額(前払費用損金計上可能額)

〈省略〉

平成2年6月期 割賦手数料計上可能額(前払費用損失計上可能額)

〈省略〉

平成七年(う)第三〇二号

控訴趣意補充書

被告人 江藤武次

右被告人に対する法人税法違反被告事件について、左記の通り控訴の趣意を補充する。

平成七年一二月一八日

右弁護人 弁護士 清水正憲

大阪高等裁判所第一刑事部 御中

(控訴趣意第三点の補充)

一 本件起訴後に行われた被告人会社からの平成三年六月期についての更正の請求に対する尼崎税務署とのやりとりの中で、更正の請求に対する同税務署長の更正通知書の計算の根拠として、法人税法申告書別表四及び同五(一)の用紙による計算書(当審弁護人証拠請求番号三七番、三八番で取調請求予定のもの)が示された。

これは、同税務署職員の記載にかかるものであるが、これによると、「別表四」(右記弁三七番)には、その一枚目「減算」欄末尾から二番目に「次葉合計」として「九、六三一万八、六一二円」の記載があり、同二枚目「減算」欄に「貸付金認容」と記入して「六、〇五四万〇、六三六円」の記載があるほか、「別表五(一)」(右記弁三八番)には、その一枚目「貸付金」欄の「当期中の増減」・「減」欄に右と同様「六、〇五四万〇、六三六円」の記載があり、更正通知書(当審弁護人証拠請求番号三九番で取調請求予定のもの)に記載された翌期首の「貸付金」の金額も、右別表五(一)の「貸付金」欄において期首額から右六、〇五四万〇、六三六円を差し引いた翌期首の額と同額である。

これらによれば、平成三年六月期の更正通知書の更正後の金額は右のような計算を踏まえた結果であることは明白であり(この六、〇五四万〇、六三六円を考慮に入れなければ、同年度の所得の赤字にならない)。尼崎税務署は、この事業年度において、右「六、〇五四万〇、六三六円」を被告人会社の同期の所得から減額すべきものとしていたことは明らかであって、控訴趣意書第三点で主張した通り、平成二年六月期において、雑損失六、〇五四万〇、六三六円が存在しないとすることが誤りであることを税務当局も自認していたといえるのである。

二 検察官は、答弁書において、被告人会社が、平成三年六月期の公表決算において、この雑損失六、〇五四万〇、六三六円を雑収入として受け入れ処理を行っているため、税務署は二重課税を避けて、このような処理をしたと主張している(答弁書三丁表)。

しかし、被告人会社は、平成三年六月期の決算書において検察官指摘のような雑収入の受け入れ処理は行っていない。また、同期の決算書上雑収入は、二億四、五八八万七、四九八円であるが、尼崎税務署から示された前記「別表四」では、この雑収入が、二億〇、三〇七万六、五〇七円と四、二八一万〇、九九一円に区分されていずれも減額されている(一枚目「減算」欄)。したがって、仮に被告人会社が平成三年六月期について、検察官指摘のような処理をしていたものであったとしても、その雑収入そのものをすべて減額したうえで、さらに問題の六、〇四五万〇、六三六円を減額しているのであるから、いずれにしても検察官の主張は失当である。

(以上)

控訴趣意補充書

法人税法違反 被告人 株式会社大産建設

同 山下正一こと

金基徳

頭書被告事件につき、弁護人ら作成の控訴趣意書第三点を左記のとおり補充する。

一九九五年九月二二日

右弁護人 後藤貞人

同 華学昭博

大阪高等裁判所第一刑事部 御中

一 本件起訴後に行われた被告人会社からの平成三年六月期についての更正の請求に対する尼崎税務署とのやりとりの中で、更正の請求に対する同税務署長の更正通知書の計算の根拠として、法人税法申告書別表四及び同五(一)の用紙による計算書(当審弁護人証拠請求番号三七番、三八番で取調請求予定のもの)が示された。

これは、同税務署職員の記載にかかるものであるが、これによると、「別表四」(右弁三七番)には、その一枚目「減算」欄末尾から二番目に「次葉合計」として「九、六三一万八、六一二円」の記載があり、同二枚目「減算」欄に「貸付金認容」と記入して「六、〇五四万〇、六三六円」の記載があるほか、「別表五(一)」(右弁三八番)には、その一枚目「貸付金」欄の「当期中の増減」・「減」欄に右と同様「六、〇五四万〇、六三六円」の記載があり、更正通知書(当審弁護人証拠請求番号三九番で取調請求予定のもの)に記載された翌期首の「貸付金」の金額も、右別表五(一)の「貸付金」欄において期首額から右六、〇五四万〇、六三六円を差し引いた翌期首の額と同額である。

これらによれば、平成三年六月期の更正通知書の更正後の金額は右のような計算を踏まえた結果であることは明白であり(この六、〇五四万〇、六三六円を考慮に入れなければ、同年度の所得は赤字にならない)。尼崎税務署は、この事業年度において、右「六、〇五四万〇、六三六円」を被告人会社の同期の所得から減額すべきものとしていたことは明らかであって、控訴趣意書第三点で主張した通り、平成二年六月期において、雑損失六、〇五四万〇、六三六円が存在しないとすることが誤りであることを税務当局も自認していたといえるのである。

二 検察官は、答弁書において、被告人会社が、平成三年六月期の公表決算において、この雑損失六、〇五四万〇、六三六円を雑収入として受け入れ処理を行っているため、税務署は二重課税を避けて、このような処理をしたと主張している(答弁書三丁表)。

しかし、被告人会社は、平成三年六月期の決算書において検察官指摘のような雑収入の受け入れ処理は行っていない。また、同期の決算書上雑収入は、二億四、五八八万七、四九八円であるが、尼崎税務署から示された前記「別表四」では、この雑収入が、二億〇、三〇七万六、五〇七円と四、二八一万〇、九九一円に区分されていずれも減額されている(一枚目「減算」欄)。したがって、仮に被告人会社が平成三年六月期について、検察官指摘のような処理をしていたものであったとしても、その雑収入そのものをすべて減額したうえで、さらに問題の六、〇四五万〇、六三六円を減額しているのであるから、いずれにしても検察官の主張は失当である。

正誤表

法人税法違反

被告人 株式会社大産建設

同 山下正一こと

金基徳

頭書被告事件につき、弁護人作成の控訴趣意書に別紙のとおり誤りがありましたので訂正します。

一九九五年一二月一八日

右弁護人 後藤貞人

同 華学昭博

大阪高等裁判所第一刑事部 御中

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